その男、桑田真澄

 今春、松坂大輔選手や井川慶選手と同じく、海外で白球を抛る日本人がいます。その男の名は桑田真澄、38歳。

 彼は、とあるインタビューの中で「(守備、打撃と比較して)ピッチングが一番苦手」と答えていました。野球を殆ど見たことない方でも、「巨人のクワタ」は耳にしたことがありますよね。私自身にとっても、物心ついた頃から桑田選手は球界を代表するピッチャーの一人でした。その桑田選手が、「ピッチングが苦手」、です。勿論謙遜もあるでしょう。あるでしょうが、ピッチングの奥深さ、それに対する飽くなき探究心を持ち続ける桑田選手の姿勢に、私は衝撃を覚えました。

 昨年11月の東京ドームでは、「18番 桑田真澄の野球は、心の野球です。…」と述べ、読売ジャイアンツに別れを告げました。そして、メジャーリーグへ。桑田選手ほどのビッグネームなら、マスコミも放ってはおかないことぐらい誰でも察しが付きます。当然、球団はその経済効果も見込めるでしょう。しかし、名門ドジャースやレッドソックスの高額オファーを断り、年棒3分の1の推定50万ドルでピッツバーグ・パイレーツとマイナー契約。しかも、慣れ親しんだ背番号「18」ではありません。21年に亘る読売ジャイアンツでの貢献は並々ならぬものがありますから、普通に現役を引退し、スポーツコメンテーターや野球解説者、もちろんコーチという選択肢もあったはずです。しかし夫人とも涙で空港で別れ、単身で渡米。

 …正直、賢くない生き方に映ります。でも、私はそんな彼に、「メジャーという夢に憧れるイチ野球少年」の姿を見ました。38歳、プロ野球選手としては決して若いとは言えません。コレまでの実績でも十分、野球人としての余生を送れるはずです。日本にいれば家族だっています。でも、それでも捨てきれない「夢」。

 お金なんか問題ではありません。活躍できる機会が多そうだからマイナー契約なんです。今までもずっと挑戦したいと思っていたけど、お世話になった人への恩義や家族の生活がありました。でも恩義も十分返し、生活もそこそこ安定してきたからこそ、今、夢を追いかけるのでしょう。単なるチャレンジ精神と年棒でメジャーリーグに行く選手とは明らかに「重み」が違います。

 桑田真澄選手、確かに「心の野球人」です。今後のご活躍を心からお祈りいたします。

 

 

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その男、スティーブ・ウィリアムス

 フラッと立ち寄ったコンビニで久しぶりにプロレス雑誌に目がいきました。今ではすっかりご無沙汰になっていますが、昔は深夜のTV放送をそりゃあ楽しみにしていたものです…。

 時は1990年代、プロレスファンは「全日派」(馬場さん)と「新日派」(猪木さん)に二分されていました。私はもっぱら「全日派」でしたが、四天王と呼ばれる日本人のトップレスラーよりも、ある外国人レスラーが大のお気に入りでした。

 その男の名はスティーブ・ウィリアムスSteve Williams)。歴史の本なんかで二足歩行を始めた類人猿のような顔をしています。ぶ厚い胸板とヒゲも特徴的で、「男性」というより「オス」という形容が似合います。ニックネームは「殺人医師(ドクター・デス)」。使用する技も「殺人バックドロップ」「ドクターボム」など禍々しいネーミングのものばかり。そんな彼ですが、いざ試合となると長い舌を出して相手レスラーを挑発したり、悔しいと地団駄を踏んだりと見かけによらず無邪気なんです。パートナーのレスラーが劣勢だと、会場のお客に向かって手拍子を促したりします。3人で組んでいたチームT.O.P.がやむなく事実上解散になっても、一人でT.O.P.の指サインを出していましたし、一旦リングを下りればこれまた非常に礼儀正しいんです。根は真面目で、筋は通す、そんな性格に写っていました。そんな彼が、当時2年間もチャンピオンだった三沢光晴選手に「殺人バックドロップ」を敢行し、タイトルをもぎ取った感動は今でも忘れません。心の底から、震えました。そして人は本当に感動すると声すら出なくなることをこのときに知りました。

 彼を久しぶりに見たのは総合格闘技での舞台。しかしながら結果は散々たるものでした。後に、彼が咽頭ガンで、その手術代を稼ぐ為に出場したという事実を知ります。そして彼は声帯を全摘出し、マット界から姿を消すことになります…。

 もう彼のことは往年のプロレスファンしか覚えていないでしょうが、私は、忘れません。最高でした、スティーブ・ウィリアムス。世の中が格闘技ブームなどと浮かれていても、アレだけの感動を与えられる選手が他にいるでしょうか。

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